DROPS

脳内や指の間から、日々こぼれ落ちる何かのメモ。

交差点の真ん中で。



3ヶ月以上間を空けての更新ですが、こんにちは。

お忘れかもしれませんが、さくらです。



今日はいつものような身体の話ではなく、1年半前に父から継いだ小さな居酒屋でのお話です。

 



ときどき飲みに来るお客さんがいました。

近所で働いている感じで、いつも2人組。ちょっと寄ってちょっと飲んで行く人たちでした。2人ともラフな格好なので肉体労働かなと思うんですが、その人はとっても華奢で、たぶん伸ばしっぱなしなだけであろうロン毛はなぜかサラサラで、後ろから見るとパッと見女の人にも見えなくもない。そしてその線の細さに違わず、お通しの野菜は必ず残し、お肉も食べない超偏食家。飲み物はチューハイ。うちの人気メニュー、お豆腐から揚げた手作り厚揚げとその日オススメのお刺身を頼んで、ちょっと私と話をして帰っていく人でした。

通い始めて何回目かに私の結婚指輪を指差して、「結婚したの知らなかった、ズルイ。」って言ってたので、どこか私のことを気に入っていたのかもしれません。(指輪も結婚もずっとしています)

その人が脳出血で倒れたと聞いたのは、お店のそばのコンビニで相方さんとばったり会った時でした。入院してたけど退院したよと聞いたのも、その人からそのコンビニで。次に会った時には、心配してたよって伝えたらすごく喜んでいた、落ち着いたらまた行きたいって言っていた、ということも教えてもらいました。

その人が、この間たった一人でお店に来ました。何も言わずに「手作り厚揚げ」を頼まれて、いやな予感はしましたがそのあとすぐに「実は今日、ご報告があって来ました。」と切り出し来て、やっぱりそうでした。朝出勤してこないので見に行ったところ、お部屋で一人。会社の方が見つけたそうです。

 


いつもと同じように父が作った揚げたての手作り厚揚げをテーブルに運んで、私からはいつものチューハイを1杯。その人の隣りの席に置きました。

 

空っぽのイスと「せっかく退院したのに。」というあまりの呆気なさが、胸の中でうまく飲みこめない夜でした。

 


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またある日。

店を継いでから1年半ほどが経ちましたが、10年くらい前までアルバイトとしてときどき店を手伝っていたことがあり、約8年のブランクを経て店に戻った形になるんですが、長い常連さんとはだいたい再会を果たしていく中、なかなか来ないなーと思っていた人が、この間ふらりとやって来ました。

 


その人はうちの店と目と鼻の先にある会社の人です。

昔はいつもうちの常連である上司の部長さんに連れられて飲みに来ていました。そのころはまだペーペーだったかもしれません。そして彼の部長さんは、うちのお店では殿堂入りというか、名誉常連さんというか、これから先ももうきっと誰も超えることはないだろうというくらい、下手をすれば月曜日から金曜日まで毎晩、うちのお店にたくさんの人を連れて来てくれ、たくさんのお酒を飲み、父の作った料理をたくさん食べて笑顔でおいしいと言ってくれ、わたしや妹にたくさんかわいいねかわいいねを言ってくれたおじさんです。たくさんの人に惜しまれつつ、6~7年前にガンで亡くなりました。

おじさんが人望とか人徳とかいうものの塊りだったのでは、と改めて思い知らされたのは去年のこと。店の近所にある勤めていた会社の人ではなく、電車で1時間以上かかるおじさんの地元のご友人が「生前、会社のそばにお気に入りの店があるんだと話していたのでどうしても来てみたくて。」といって飲みに来てくださいました。(町内会で一緒に旅行した時の写真というのを見せてくれ、おじさんがあまりにいい顔で笑っていて、初対面のお客さんと一緒にウルウルしてしまいました。)

またある日は、部下の皆さんが命日に「部長を偲ぶ会」だと言って飲みに来てくれ、わたしはおじさんのおかげで部下の皆さんに再会することが出来ました。

が、その後はあの頃のようにどころか、あれからもう一度も店に来てくれていません。

皆さん忙しいのか、うちのお店がダメになってしまったのか、それとも妹から代わったわたしがダメなのか。ときどきそんなことを思うこともありました。


ただ、それはさておき、その偲ぶ会にはアイツが来ていませんでした。

アイツというのはおじさんの部下です。お店に来ると「いらっしゃいませ」でまず握手。「とりあえず生ビール!」でまた握手。「おかわり!」あたりからはニギニギで、「ありがとうございました!」ではニギニギニギニギとわたしの手を握りながら「さくちゃん、結婚してー。結婚結婚結婚ー。」と言うアイツのことです。

それを見るたび大きく笑って小さく舌を出しながら、声は出さずに口だけでゴメンネを言ってくれていたおじさんのフォローもあって、憎めないところもあるアイツのことを嫌いになったことはないんですが、とにかくニギニギ攻撃がいつもひどくて、実はつい先日コンビニへ行くとき(コンビニ行ってばかりですみません)に遠目に見かけたとき、走っていってまで声をかけようと思えず、どうしよう・・・と思っているうちに姿が見えなくなってしまったことがありました。


そのアイツがとうとうお店に来たのです。

何年かぶりの再会にうれしくなって思わず笑顔になりましたが、さっそく両手を出してニギニギしに来たので、「全然変わんないな!」とカミナリ風のツッコミでお迎えしました。

「わたしが戻った噂は聞いてたでしょうに遅かったのでは?」

なんて嫌味を言ってみたり、3年くらい前まで地方勤務をしていたんだとかよくわからないことをモゴモゴと言い訳されたりしながら、わたしはアイツに何杯かのお酒を注ぎ、アイツはそのお酒をそのたび飲み干し、久しぶりでちょっとギクシャクしていた間合いがスッと落ち着き始めた頃。板場の手が空いた父がやって来ました。

 

するとアイツはすっくと立ち上がって、


「大将、お久しぶりです。

 ごぶさたしてすみません。」


そう挨拶したと思ったら、突然泣き崩れてしまいました。


「ずっと行かなきゃ行かなきゃって思ってたんですが、
 やっぱりここに来るとダメなんです。

 部長のこと、思い出しちゃって・・・。」


思ってもみなかったセリフでした。

偲ぶ会をやってくれた他の部下の皆さんも、思えば少し重たい顔をしてお酒を飲んでいました。でもそれは偲ぶ会だから。おじさんのことを思い出しているからだとも理解していましたが、うちの店がその悲しい気持ちを増幅させていたこと。椅子もテーブルも壁も天井も、お酒も料理も変わっていないうちの店がつらかったからだったんだと、気づいてしまいました。


「すみません、しんみりしちゃって。」

涙をぬぐったアイツはそう言ってまた席に座りお酒を飲み始めましたが、わたしは心の中できょろきょろしていました。だって、店のどこかでおじさんがこちらを見ながら、


” さくちゃんー、ねぇアイツ泣いてるよ?俺のために泣いてるよ?! ”

と、小さく舌を出しながら満面の笑顔で言っているような気がして。



うちのお店に来る人は生きている人。

 

来なくなった人。

 

死んだ人。

死んでゆく人。

 

来なくなったけど生きている人。

また来てくれる人。


わたしにとっては、自分の店が生とか死とか、人と人とか、その人が抱えた何かとか。そういう何かが幾重かに重なっている、交差点のようなものに見えた初めての瞬間でした。


今夜もその交差点のど真ん中で、いろんな人に出会いますよ。
 

どんと来い、GW 10連休前金曜日。

 

 

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さて今日の写真は、うちのお店のUSENの機械。

抗がん剤治療をしつつ板場に立つ73歳の父と、閉店後の後片づけのひととき。

いつも父の好きなビートルズチャンネルをかけていましたが、1番違いのエルビスプレスリーをかけたところ、ハワイアンっぽいリズムが疲れた身体に心地よく、最近はわたしのお気に入りとして選局しています。

 

でも、これはこれでやっぱり父の青春時代の曲なのだそうで、

 

「最初はみんなプレスリーだったんだよ。

 でも、ビートルズが出て来てみんなビートルズになっちゃった。」

 

なんて教えてもらったり。

 

 

そんな父が昨日、

「お前とプレスリーを聴いてるって、なんか変な感覚だよ。」

と言いました。

父はそれ以上何も言いませんでしたが、それはたぶん、自分があの頃にタイムスリップしたみたいな気持ちになっているのに、なぜ目の前にこんなに大きくなった娘がいるんだろう?だいたい娘なのに、おれより年上じゃないか???

 


ということなのでしょう。


バックトゥザフューチャーにそんなシーンがあった気がするんですけど、違いましたっけ?

 



もし合っていて、それがバックトゥザ何番だったかご存知の方がいたら、ぜひ教えてください。